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とうりゃんせ♪
『あんたがたどこさ』の発祥が仙波東照宮ならば、『通りゃんせ』はこちら。
三芳野神社です。
子どもの頃、通りゃんせの歌詞に疑問を感じませんでしたか?
七五三のお祝いに天神さまをお参りするところまでは理解できるのですが、
「行きはよいよい帰りはこわい・・・」
帰りに一体何が起こるんだ!?と。
私は、この謎めいた詞に不気味な印象がありました。
三芳野神社
■ 参道
まっすぐにのびる参道は、イチョウの絨毯が敷かれ、とてもきれいでした。
■ 拝殿
菅原道真公(すがわらのみちざねこう)
【御由緒】
三芳野神社は、平安時代の初期に成立したと伝えられ、川越城内の天神曲輪に建てられている。この為、「お城の天神さま」として親しまれている。この天神さまにお参りするには、川越城の南大手門より入り、田郭門をとおり、富士見櫓を左手に見、さらに天神門をくぐり、東に向う小道を進み、三芳野神社に直進する道をとおってお参りしていた。
この細い参道が、童唄「通りゃんせ」の歌詞の発生の地であるといわれ、現在でも静かな環境を保持しており、伝統の豊かな地である。
なお、参道は、江戸時代より若干変化している。
(出典:境内案内板)
城内に祀られた天神さまは、庶民の人々からの信仰も篤かったそうです。
しかし、参拝を許されたのは、大祭と七五三の時のみ。
庶民が城内に立ち入ることは、なかなか難しいことだったようです。
その様子を歌ったのが『通りゃんせ』
城内ということで警備が厳しく、少しでも不振な行動をしたならば、
警備の者に取り押さえられてしまったのだそうです。
「行きはよいよい帰りは怖い」
城へ入ることを許されても、帰りにはもっと厳しい検問がある。
そう歌っていると考えられますね。
おぉ!ウン十年の時を経て、歌詞の謎が解明されました!!
「ここはどこの細道じゃ~♪天神さまの細道じゃ~♪」
通りゃんせ発祥の地とされる参道。
城の入口から天神さままで、結構な距離があったようです。
歌詞の意味が解ると、
参拝を終え城を出るまで生きた心地がしないほどの緊張だったのではないかと
想像できます。
当時の天神さままでの道のりは、
カワゴエールというサイトで紹介されているので、
そちらをご参考になさってください。
■ 境内社
蛭子神社と稲荷神社。
大国主神社。
お社の周りでは、猫ちゃんが日向ぼっこをしていました。
御朱印
(当時はなかったのかも)
父の話によると川越氷川神社でいただけたとのことです。
しかし、ネットでは三芳野神社でいただけたとの情報も。
御朱印を収集されている方は、事前に確認されることをお勧めします。
私は次の機会にでもいただけたらいいなと思います。
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