【2021/11/06 ぶら旅コース】
國府神社→ 六所神社・下総総社跡 → 白幡天神社 → 不知森神社(八幡の藪知らず)→ 葛飾八幡宮 → 洋食レストラン 停車場
【コースMAP:国府台駅~本八幡駅 】
お久しぶりです。
気付けばブログの更新が止まってから、2カ月以上も経っていました!!
コロナの影響で仕事の体制がコロコロ変わり、身も心もヘトヘトに・・・。
出かけることもできなければブログを書く元気もない状況でした。。
それでも、2カ月も放置していたとはビックリ!
目まぐるしい毎日に、時間の経過がとても速かったです。
仕事でヒーヒー言っている間に、
コロナの感染者数も落ち着きを見せ、外出もしやすい環境になってきましたね。
私も仕事環境が落ち着きつつあるので、久々にぶら旅に出かけることにしました。
約2年ぶりに市川へ・・・
千葉県市川市から、ぶら旅再開です。
私の産土神社である國府神社を参拝しました。
今年は初詣にも行けなかったので、約2年ぶりになります。
参拝に行けないことが気がかりだったので、気持ちがホッとしました。
(國府神社の様子はコチラ↓の記事をご覧ください。)
國府神社参拝後、市川市内(本八幡)に鎮座する葛飾八幡宮へ向かいました。
何度か訪れたことのある神社なのですが、
御朱印をいただいてきました。
六所神社
■ 鳥居
(市川真間駅が最寄りかと思われます。)
こちらの神社は葛飾八幡宮が兼務しており、同神社にて御朱印がいただけます。
■ 拝殿
大己貴尊(おおなむちのみこと)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
素戔嗚尊(すさのおのみこと)
大宮売尊(おおみやめのみこと)
布留之御魂(ふるのみたま)
彦火瓊々杵尊(ひこほににぎのみこと)
【御由緒】
当六所之宮は、いまを去る1881年前人皇12代景行天皇の勅願によって上記六神を祭礼した宮と伝えられ国府台字府中の六所の森(現在の国府台スポーツセンター内市民体育館)北に鎮座していました。
その後下総国の総社として国守による祭礼が行われて来ましたが戦国時代には里見氏、北条氏、千葉氏の各諸将の守護を受けさらに徳川氏からは朱印賜り篤崇敬されていました。
御神徳勇武の神として宏く、幸運招来、厄払い、縁結びさらに学問の神として須和田、真間、根本、市川の4カ村の鎮守として古くから崇められて来ました。
明治19年、境内が陸軍用地となったため此の地に遷座されました。
(出典:境内案内板)
■ 狛犬
■ 手水舎
柄杓はあるのに蛇口のハンドル部分がなく、水が出せませんでした。。
■ 境内社
境内社が1社ありましたが、祀られている神様まではわかりませんでした。
狛犬は表情が薄れ、とても古いもののように見えます。
■ 石碑
石碑が並んでいます。
■ ただの石?
大きな石。
案内がないのでただの石かもしれませんが、、、
このように囲われていると何か言われのある特別な石のように見えますよね。笑
■ 遊具
ブランコが1基ありました。
私が子どもの頃は神社でよく遊んだものですが、
今の子どもたちはこのブランコで遊んだりするのかな・・・?
■ 社号標?
入口には古びた石碑。
『景行天皇勅願所 府中六●宮』と書かれています。
この石碑は、文化5年(江戸時代)に建てられたのでしょうか?
■ 境内
無人ですが、とてもきれいに管理されていました。
結構な広さなので開放感もあり、とても気持ちのいい神社です。
ふと、町内のお祭り風景が浮かびました。
お祭りがあるのかどうかはわかりませんが、、、そんな雰囲気です。
下総総社跡
六所神社へ向かう前に、六所神社創建の地、下総総社跡にも行ってみました。
国府台駅から10分ちょっと歩いた場所にあります。
由緒には国府台スポーツセンターとありましたが、
現在は市川市スポーツセンターという名前のようです。
下総総社跡は、スポーツセンターの奥にある体育館の前にあります。
大きなケヤキの木が目印。
ケヤキの根元に、『下総総社跡』の石碑と、歴史が書かれた案内板がありました。
創建年数は不明ですが、周辺から平安時代初期までの竪穴住居跡が発見され、
平安初期以降の創建ではないかと考えられているそうです。
御朱印
現在は書置きのみ。
キラキラとした和紙に書かれています。
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