番外編
今回のぶら旅では訪れていませんが、
記事の中で岩槻城について少し触れた箇所があったので、
ついでに岩槻城跡もご紹介しておきます。
岩槻城
川越城、忍城と共に埼玉県内三名城のひとつに数えられている岩槻城。
元禄元年(1457年)、太田道真・道灌父子により築城されたと言われています。
(忍城主成田親泰の祖父成田資員の説も有り)
16世紀後半まで太田氏が城主でしたが、豊臣秀吉による小田原討伐で落城。
その後は、有力な譜代大名の居城となったそうです。
岩槻城址公園
現在は、公園として整備され城の面影を残しています。
入口には、岩槻城の配置と現在の地図を合体させた案内板。
かなり広い敷地だったようです。
地図の中央には「大手門」という文字。
トーフラーメンの店名は、ここから取ったのでしょうか?
ここちらの公園は桜の名所としても有名で、
春になると満開の桜がこの池を囲います。
真っ赤な橋もポイント。
美しい風景を写真に収めようと、大きなカメラを持った人々が集まります。
広場では散歩はもちろん、芝生の上でピクニックを楽しむファミリーも。
子どもの遊び場もあります。
他にも、テニスコートなどスポーツ施設も併設されているので、
毎週末駐車場は満車状態だったりします。
変わった時計を見つけました。
さすが人形の町、日本人形をあしらった時計です。
文字盤が漢数字なところがかわいいです。
時間ごとにからくりがあるそうなのですが、それを見たことはありません。
さらに人形塚もあります。
城の名残
■ 石碑
園内には城の名残もしっかり見ることができます。
岩槻城の別名「白鶴城」と書かれた石碑。
他に「浮城」「竹束の城」とも呼ばれていたそうです。
■ 黒門
岩槻城の城門と言われている門。
木材部分が黒く塗られていることから「黒門」と呼ばれています。
■ 岩槻城裏門
こちらは裏門。
■ 堀障子
もともとお堀であった場所には、
発掘調査の結果、堀障子があることが確認されたそうです。
堀障子とは、堀に設けられた障害物のこと。
堀の底に段差を作ることによって、敵の侵入を妨げるというわけですね。
■ 厠
お城の雰囲気を醸し出したトイレ。
これはただのトイレです。笑
* * *
私は城を見るのは好きなのですが、城に関する知識がまったくありません。
なので、完全に案内板頼りです。
園内には案内されていない場所からも城の名残が伺えるそうです。
地形など注意して見てみると、もっと岩槻城を感じられるかもしれません。
御城印(2021/07/23追記)
後日、御城印を入手してきたので追記します。
御城印。
期間限定の武将印/右と武将(?)印/左です。
岩槻城の御城印・武将印の詳細はこちら↓↓↓
旅の終わりに・・・
交通費:0円
参拝費:355円
飲食代:850円
合計:1205円
歩数:4584歩
今年も残すところあと数日。
「○○納め」という言葉が飛び交う時期です。
私も無事、写経を納め、ラーメンを食べ納めることができました。
そして、年内の仕事も終了。
着々と新年を迎える準備が整ってきています。
が、しかし。
2019年のぶら旅がまだ終わっていません。
もう少しぶらぶらします。
なので、この調子だと年が明けてもしばらくは去年の記事を書いていますね。
きっと。
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